こんなものには価値がない-27

私は結婚するまで

「一日中漫画を描いて生きられればそれが幸せ」

と願いながら生きていました。

ところが、娘が産まれてからは、その願いがなくなりました。

一日中漫画を描くこと自体は簡単なことだ。
そんなことより一刻も早くまともな大人になりたい!

まとも、ってちょっと語弊がありますが、
今まで本当に軟体動物みたいに、適当に生きてきていましたから。

そういう生活にも飽きたのかもしれません、出産がきっかけになって、将来の願いが変わったみたいです。



こんなものには価値がない、というタイトルで、DV家庭について記事にしてきました。

純粋に自分の備忘録としての意味でもありましたし、
書くことで少しでも自分が変化するかもと期待していました。

このタイトルの意味も、
ごくたまにふっと思い出しては湧いてくる当時の親への怒りに、吐き捨てる気持ちを込めていたからというのがあります。

過去の出来事を乗り越える時に、一時的に対象(両親)を憎悪することは大切だと思い、自覚的に怒ることもよくありました。

でも人ってほんと、変わるんだなあと。

娘が産まれて、なにがどう自分の中で変化したとかははっきり言語化できないんですが、

もう、びっくりするくらい、

父が当時、私に最大限の愛情をくれていたのだということを実感するようになりました。

父は私と姿形がよく似ています。

おそらく体調、生活習慣などもよく似ていたと記憶しています。

ということは、きっと体調がつらいなかで、かなりフェアなアドバイスをしようと努力してくれていたんじゃないか、ということに思い至りました。

今後父と関わることはないので、真偽の追求はしません。

それでも、父の健康状態がそもそもよくなかったという説が、いちばん可能性がある気がします。
なぜなら、父と私は病歴が似ているからです。

かなり体力がない人は、体力に自信がある人の生きやすさを知りません。

私は30歳を過ぎてから初めて健康になった経験があるのですが、

健康だとこんなに呼吸するのがラクなのか!!
生きることがすごくラクになってきたぞ!!

と…
当時、心底びっくりした思い出があります。

つまり、
そもそも不健康だったってことが若いころの生きづらさの一因だった
という、自分の過去のエピソードなんですけど。

父が私と同じように不健康だったとしたら、
生きるのがしんどいなか、娘に対しできることを最大限やってくれてたんじゃないかと。

そうだとしたら、父は最大限の愛情をくれていたんじゃないか、と肚に落ちるようになりました。



この視点は今まで一度も持ったことがありませんでした。

でも、これが家庭内不和の大きな原因のひとつだったんじゃないかと思うようになりました。

体の不調に適切な対処ができなかったことが直接の引き金になって、
精神的にも不安定になって、
できないことが多いことに絶望して、未来を思い描くことができなくなる。
そして態度が乱暴になる→DV!

こういうのは、あくまで自分の中の推測でしかありません。

でも産後、父の愛情を思い出すことが増え、

それにつられて、他のいろんな思い出も「価値がない」と思わなくなりました。

当時の両親を見下す感情が思い出せなくなっていくんですね。

DVの家庭に育ってても、ここまで親への感情が変化するのか、と、
自分のことながら驚いています。

だって純粋に第三者である警察やその他公的機関から見ても、DVであることに変わりはなかったわけですから。

もちろんいろんな機能不全家庭があるし、本人や親の性格も千差万別だし、必ずしもみんなこういう楽観的な方向に向かうとは言えませんが。

それでも、ふっと

あの両親のもとに生まれてよかったんだな、私は。

そういう感情があふれるようになりました。

ということはもう、今まで自分を守るために抱えてきた憎しみの感情は、
まぼろしみたいに、忘れていくんでしょうね。

DVのことをちまちま、書いてきてよかったなぁ〜と、思います…。



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