こんなものには価値がない-14

2018年7月9日

自分の幼さや考えの足りないところに、しばしば嫌気がさします。
自分の未熟さに反吐が出てしまいそうです…。

過去のことをこうやって書いているとき、

「そんな恥さらしやめればいいのに〜」

という声が内側から聞こえます。




世の中には、私よりも過酷な状況下から這い上がって、本人はきちんと大人で、
たまに過去を振り返ってもそれをあまり口外せずしっかり生活していて、とか、

そんな人がごまんといるってことは、理解しています。

だけど、こうやってブログや、できれば漫画や、
なんらかの形で自分の思い出したくない過去のことを書き残しておかないといけない気もしています。

書き残さずにいたら私はきっと、どんどん過去の記憶を、今の楽しい記憶で上書きしていって。
死ぬまでには、まるきり忘れてしまうと思っています。
(飽きっぽいから)

でもそれじゃダメなんじゃないかなって。

父を捨てて、そのあと母を捨てて、本名も変えて、
そうやって、ほとんどすべてのことを自分で選びなおして、自分の生活を180度変えて。

いま、子どももできて、主人は優しいし。母とも和解しています。

私も、すっかり健康体になりました。

30歳から、生き直しているんです。




今とは違い、かつて私が苦しかった時期に、たくさんの本や漫画、映画に救われました。

漫画家だと萩尾望都先生の本や、槇村さとる先生、
エーリヒ・フロムや加藤諦三さん、
亡くなった栗本薫さんとか、その他いろいろです。

辛かった時期と、創作物に救われている時期が同時期で、記憶が混在しています。
思い出したくない出来事と一緒に、思い出せなくなっているタイトルもたくさんあると思います。

過去と現在の生活に、温度差がありすぎて。

たまに、父や、あの友人たちって本当に実在したのかな?と思ってしまう時もあります。

そのくらい今、周囲にいる人たちが、優しいです。

苦労や努力、忍耐に、そんなに価値を見出していないので、
私は自分の過去にも、価値をまったく感じません。

自分の体験を無価値だと思いながら、わざわざ書いてどうするのかな?

…という気もするんですが、でも、以前の私のような立場の人に、もしかしたら届くこともあるのかなあ、とも思って。

過去の自分に読んでもらえたら、という感じで、
下手な文章でもいいから書き残そう!

…と言い聞かせつつ、とうぶん記事にしていきます…。



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