こんなものには価値がない-13

2018年7月9日

父がよく言っていた口癖が、

普通はそうじゃないだろう!

というものです。




私が中学を休んでいると、寝ているところへ部屋へやってきては、あれこれ言いだす父。

「普通」の基準が何を指しているのか、という説明は一切なかったので、だんだん、

またなんか言ってるよ〜。

と、スルーするようになっていきました。

おそらく、父自身が普通の人になりたかったからこんなセリフが口癖になったのだと思います。

父は万年転職活動をしていたので、
(不向きな職業に就いては、向いてないから辛くてやめるの繰り返し)

社会人としての自信が慢性的に不足していたのだと思います。

11歳で不登校をし出してから、あまりに私を異常だ異常だと言い立てるので、

どうして父は私の足を引っ張るんだろう、と、いつもその存在が重かったのを覚えています。
(そもそもこのころ起立性調節障害は治っていない)




受験のとき、漫画学科ができたばかりで話題になっていた京都精華大学を受けようかな、と思ったことがありました。

夏に見学にも行ったのですが、当時ピンとこなかった私は、別の大学を受けました。
そこは少し就職率のいい大学で、漫画ではなくて映像全般を学ぶところでした。

無事受かったのですが、これで父が、自分の行った大学よりは良かったということで、

うちの娘が◯◯大学受かったんだよ〜!

と、いろんな人に話し、電話をし、とにかく自慢しまくったのでした。
(普通レベルの大学なのに)

私は当時、父のそれまでの打って変わった態度を見て、なんというか…

まったく嬉しくなくて。
むしろ失望したのを覚えています。

私は、中学に行ってなかろうが、偏差値の低い高校に行こうが、映画作る大学に行こうが、
いつも私自身であって、まったく変化していないんです。

父が、私のことをそうやって、目に見えるところで判断するということに、すごくげんなりしてしまって。

かつては大学の学費を払えないと言って、私に大学を諦めさせようとしたこともあったのにと、

この、いつも安定しない父の態度に気持ち悪くなってしまって…

3ヶ月で大学を辞めてしまいました。
(うわ〜っ、今考えると信じられない…)

もともと、生活費も学費も出していないのに、
あまりに私に対してうるさすぎる父を黙らせようと思ったから受験した、というのもあったのです。

大学受験って、すごくお金がかかります(←わかってはいる)。
加えて、私が受験した大学は美大に該当するので、初年度の費用はそれはそれはすごい金額でした…。

こんなことはまったく正当化できる理由ではないんですが、

とにかく、当時、親が迷惑で、迷惑で、迷惑で。
母は父の暴言や暴力から助けてくれたことはないしで。

学費を払ってくれていた母に感謝こそすれ、

ふたりとも私を傷つけてもいいと好き勝手やってるんだから、
私は自分の気まぐれを最大限尊重して、好きにする。

ほんとうにそう思っていました。
(いま親になって、こんなこと書いてると、自分の将来に恐怖するばかりです)

私には、両親に対する強い依頼心がありました。

いつかきっと、私の悲しみを理解してくれるはずだと、思っていました。

どうして私の感情に興味がないの??
私がなにを感じているかということは知りたくもないことなのね??

ダイレクトにそう聞いたこともあります。

でも、伝わらないんですよね〜。
母などはただ、下を向いてうつむくだけなので、会話が成り立たないんですね。
(仲直りした今はそんなことはないですが)

当時は1日も健康だった日はないのを、ほぼ毎日痛み止めを飲んで高校生活を送っていました。

肉体的にいつも限界でした。

そのうえで、私の感情や私の体調、そういった様々なことを無視して、
娘が学校行かなくて異常異常と、365日騒ぐ父。
目に見えることだけで私を評価している父に、すごく失望したのでした。

父は新興宗教の幹部だったのもあって、

子どもは親を選んで生まれてくるんだ(だから文句を言うのはおかしい)

これも口癖だったのでした…。

(のちに、父が発達障害だと思う、という仮説を医師がたてたことがありますが、それはまたあとで)



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