こんなものには価値がない⑩

2018年7月6日

私はよく夢をみます。

母方の親族は少し変わった職業の人が多いです。
牧師が何人か、雅楽の奏者とか、校閲、デザイナーなど。
宗教と芸術関係。

その中でも現在家長の叔父は、夢でよく、クリスチャンでこれから亡くなる人たちと会話するようです。

私も似たような傾向がありますし、
最近は母もそういう夢をみるようになりました。

故人との会話に限らないのですが、そういう霊的な、予知するような夢をみるのって、わりと幼い頃からあったように思います。
(もちろん上には上がいっぱいいるので、私のはちょっと敏感、くらいです)




家を出てから、よくみる夢があります。

ボロボロの廃屋を、頻繁に移動したり、
廃屋のような民宿ですごしたり。

必ずそこには悲壮感まんまん(!)の母がいて、手を引いて一緒に逃げるという夢です。




2012年に家を出る計画を立てたとき、母はそれはもう、悲壮感そのもの、みたいになっていました。

私はといえば、長年の両親に対する怒りはひとつも収まらないものの、

ものすごく気持ちがウキウキ楽しかったのを覚えています。

ようやく母が家を出ると言った!
頑迷な母の考えが変わらないうちに、すぐ出て行こう!
母の尻を叩きまくって、今すぐにでも父ちゃん捨てよう!

当時夢うつつの中、祝福するような鐘の音を、深夜2時くらいに聞くことがありました。

母方のジジババはその昔、
娘(母)がろくでなし(父)と結婚してしまった!と、苦悩していたようです。

ですので、母が離婚すると決めたとき、故人であるジジババが祝杯していたかもしれません。
(ジジババはゆるいクリスチャンなので、祝福のときは鐘が鳴るかなって)

けっこう本気で思っています。
なぜなら母の決断に、私も浮かれさわぐ気持ちのほうが大きかったからです。

頭では、

とうとう離婚か〜
まあ、そうなると思ってた、残念だ〜

とか思いましたし、

慢性的に愛情不足の父の、どうにもならない人生への不満に同情心もあったし、
父はあれでも努力していたのだ、というのも、わかっていました。

でも、家族が崩壊することが私には嬉しかったです。
生産性のないやりとりばかりの積み重ねには、飽きていました。

私と父はよく似ています。
今でもそう思います。

ただひとつ違うのは、

父は日常的に家族に怒りをぶつけていたけれど、
私はそこまででもないということ。

DV、虐待は連鎖するといいます。
でも、必ずしもそうではありません。

私は、理不尽なことはやられたらある程度(程度です、程度にも節度を持つ)やり返して、
相手の理不尽な怒りの球をもらいっぱなしにしないでいることが大事なんじゃないだろうかと思っています。

理不尽な相手と関わるとき、
相手の理不尽さを少しおすそ分けしてもらって、理不尽に対して理不尽で返す(怒りで返す)と、

早めに連鎖を止めやすいんじゃないかと思っています。

腹の立つことを突然されたとき、なぜ屈辱的な気持ちになるのか?って、

相手を愛する気持ちがなくなるからだと思っていて。

人間は本能的に「愛する」ということをしたい生き物だと思うので、
生活の中に「愛する時間」を持てないでいると、どんどん身体を壊していく気がします。

理不尽な相手の事情を理解する努力と、
傷ついた自分の心を慰めること、

このふたつが同時にできればいいですけど、現実は大抵、自分を労らずに我慢してしまうことが多い気がします。

私は自分でも、他者と関わるときにとても利己的な性格に自己嫌悪しやすいです。

それでも、

誰にも何も言わずに、ひとりで身体を壊し続けるより、利己的な今のほうがいいのです。

身体を壊した状態でなければ精神的にも余裕が生まれて。
愛する家族や周囲の人に、怒りを撒き散らさずにすむからです。



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