こんなものには価値がない④

2018年7月1日

中学になり、私の不登校は本格的なものになりました。

中学では体育も部活もハードになっていくので、体がついていきませんでした。
起立性調節障害もまったくよくならず、ますます悪化。

1日に15時間寝ても、22時間寝ても、眠くて、
かといって起きていられないくらいめまいは悪化。
頭痛薬は月に24錠入りのものを消費していました。

当時を振り返ると、
よくあの状態でひとりで勉強したり、運動したりしていたなあと思います。

学力が落ちないように1日3冊の読書を目標にして、
問題集も嫌にならない程度にはやっていました。
体力も落ちすぎないように、できる運動はしていました。

ただ、学校はまったく行きませんでしたが。




起立性調節障害も他の病気と同じでバイオリズムがあって。

調子がよくなる日もあるんです。
そういう日は好きなことをするために時間を使いました。

そして両親(とくに父)と周囲の人たちのほとんどは、そういう、体調がよいときの私をみて、「怠けてる、遊んでる」と言っていました。

でも…。

ふだん体調が悪くてろくに体を動かせないのに、
たまに一瞬、動ける日に、どうして学校に行く必要があるんでしょうか?

私はほぼ毎日、家で勉強をしていました。
運動も、体調がいい日はスポーツ器具を使って、ひとりでメニューをこなしていました。

これ以上、努力する必要ってあるでしょうか?

いや〜、ないでしょう…。




当時、あれだけ一方的に悪者扱いをされていた理由のひとつが、私の性格にあると思っています。

私は、楽しいと思えないことに、たった30秒も時間を使いたくない。

今も昔も、これだけは変えられない価値観です。
価値観というか、本能に近いです。

楽しくないものを頑張ることを、努力だと思っていません。

だけど、楽しくないことに長大な時間を使っている人は、周囲に八つ当たりをしますね。

私はこんなに頑張っている!という。

嫌なこと頑張る教、みたいな 。

あれって一種の宗教だと思います。

とても消極的な努力の仕方だと思うんです。
基準が不特定多数の他人だからです。

たぶん私の父は、一般的な意味での世間から、つまはじきにされて生きてきています。
おそらく、父の根源的な疎外感が原因で、周囲に溶け込めないんですね。
(転職も軽く50回以上、そもそも生活費も学費も入れることができなかったので、母が働き手だった)

そういった疎外感を一瞬埋めてくれるのが、宗教活動だったんだと思います。

普通になりたい。
それが父の願いだったのかなと。

なのに娘は学校も行かずに家で寝ていて、
たまに起きてきたら、ひとりで映画を観にいったりしている。

もう、いろいろと許せなかったのかもしれません。

父の口ぐせに、

「ダメ人間になるぞ!」

というものがあります。

けっこう笑える台詞だなあ〜なんて思うんですが、父は真剣。
怒鳴ったり叫んだりする始末で。

父は自分が転職大魔神だってことにすごく危機感があったんだと思います。
でもそれ、父の抱えてる問題です。
私の不登校にすり替えても、意味がありません。

私は不登校なだけで、
自力でやりたいことをやるチカラがあるから大丈夫、と思ってきました。
自分に対する信頼感は、ぎりぎり培っていたのではないだろうか…。

そもそも私の抱えていた問題は、健康問題です。

父の課題とは内容が違います。

父は自分がダメ人間だと思えて、とてもつらかったのでしょう。
父が努力していなかったとは思っていません。

むしろ、

向いていない職業に就こうと無駄な努力を繰り返しまくってる

…と思っていました。

本当に、本当に、迷惑でした。
親が、迷惑でした。

でも、自分の両親がかなりおかしい人たちだって、気づきたくなかった。

きっと、私と似た状況にある人は、そういうジレンマを抱えているのではないでしょうか。

自分が実は、周囲にいる連中よりはずっとマシらしいって、気づいた時から変化が始まります。

愚かで馬鹿なふりをしなくってもいい環境に、棲めるように。

どうか、健康を損ないすぎないように、自分をいたわってください。

人が変わるために必要な要素はみっつ。

環境
人間関係
心のあり方

心のあり方だけを変えても、
周囲の環境や人間関係が劣悪だと、なにひとつ実現もしなければ生産性のある変化も起きません。

どうか自分ひとりのせいにしないで、堂々と他者のせいにしてください。

反省は、ほとんどの場合、無駄です…。



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